Staff notes

A little new idea that I noticed while snuggling up to the inconvenience of clothes. Then, the staff of carewill will spell out specific surveys and details of their efforts every day.

#ceo-note

#037 ゆるやかに再開しまーす。「時間に対する価値観の変化」

おはようございます。代表の笈沼です。#036 を書いてから約2か月ぶりの投稿です。 事業化に向けて同時に幾つものことが進んでいます。この2か月間で概ね流れもできて僕にも立ち止まる時間と過去を振り返る心の余裕も生まれてきました。 なので、ぽつりぽつりと不定期にその時に感じたことを「呼吸のように」また書いていこうと思います。 今日思ったことぽつり。 「時間に対する価値観の変化」について。 早朝、電車に乗る必要がありまして自宅から最寄り駅まで歩いていた時にふと「時間に対する価値観」について考えさせられました。 歩いていると女性と男性が僕の横を足早に駆け抜けていきました。おそらく乗らないといけない電車の出発時刻が迫っていたのでしょう。駅に向かう地下道では男性が逆後方から汗をかきながら走ってきました。これから会社に向かうのでしょう。 僕も毎日全力で走っていたサラリーマンでした。丸の内に勤めていたときは多くの人の合間をかいくぐって1秒でも早く会社へ向かいました。会社の役員をしていた時は投資家やお客様への訪問をスケジューラーにびっちりいれてタクシーで移動し、車内でメールを打ち、会議もしていました。 1分でも時間を無駄にすることへの恐怖心がそこにはありました。ただただ自分のキャリアを磨くために成果を得るために効率的に時間を使うことを考えていました。1分でももったいなかったのです。 僕のせっかちな性格は今も変わらないのですが、ただ、今思うとあれは何だったのだろうとさえ思えます。それくらい価値観が変わりました。特に創業をしてからこの2年間で。 今は自分と自分にとって大切な人との時間を丁寧に過ごしたいと思います。朝と夕のハナとの散歩、奥さんとの食事をしながらの会話、母との電話、仲間との対話、応援くださる方々とのやりとり、毎日、睡眠を8時間取ること、土日に本を読むこと、身体を動かすこと。 どれも当たり前のことなのですが今の僕にとぅてはこれらを普通に継続できることの幸福感がとても高いのです。 2年前の僕はこれらをタスクと捉えていてどれだけ効率的に生産的にこなすかということをいつも意識してた気がします。でも今は逆。これらの時間を確保するために他をどう効率的にマネージしようかと日々考えます。 ただそう思えるのは、あるものを得ようとしてあるものを捨てようと決めたからかもしれません。キャリアを磨くために(所謂「履歴書向きの美徳」を得るために)時間を使うということを捨てて、自分の人生の意味、自分は何のために生きているかを考えるために今は時間を使っています。 時間を自分の職業的な成功のために使うことも、自分の生き方を探求するために使うことも、どちらも正しいと思います。ただどちらも得ようとするとどっちつかずになる気がします。そして、一気に片方を捨てるのではなくゆるやかにリアロケーションをしていくやり方が僕は好きです。 それではまた!
#037 ゆるやかに再開しまーす。「時間に対する価値観の変化」

#024 無知の知

こんばんは、代表の笈沼です。 1か月ほど前から、ものづくりの工程のうち、デザインをひとまず終え、製造準備に入ってきました。 僕は、過去、JINSでコンタクトレンズの事業開発をしていたので、工場さんとのやりとり、工程管理、製造原価、仕入原価(下代)の構造、交渉や契約の進め方はそれなりに泥臭く経験をしました。当時、候補先となる海外の工場はほぼ全て見学し、対話、交渉をしました。3カ国で計15社くらいありました。英文契約書も一言一句チェックし、自分で手を入れました。 また、眼鏡事業では、僕の管掌はMDや調達部門ではないものの、経営管理において、製品別、部材別の原価率(為替で結構変わる)、在庫消化、欠品などの指標を毎週追いかけて、毎月それらを含む管理会計指標と月次PL、事業概況を取締役会で報告しておりました。従って、数字面でも比較的にSPAという業態を理解している方だと思います。 しかし、服という商品は、なかなか学びが多い商材だなと感じています。 僕はアパレル業界の新参者なので知ったかのように話せることは全くないのですが、、一つ言えることは、コンタクトレンズや眼鏡とは異なり、サプライチェーンが複雑です。製品の構成要素は、生地(色×素材×機能×重さでとんでもない数があります)と付属(ボタン、ファスナー、糸、ゴム)は多様ですし、それぞれに対して、メーカーはもちろんのこと、問屋や工場が分かれているケースも少なくありません。 工場は、生地の特性や得意とする縫製工程によって分かれます。大きくは、布帛とカットソー、その中でもニット(=メリヤス)に強い、特定の縫製技術があったり、自社で生地が作れる工場もあったり。事業形態も、縫製工程のみを主として行っている工場もあれば、ボタンの縫い付けだけをするところもありますし、上流で発注者に提案ができるパタンナーを抱えて製品の企画から関与していくOEMもあります。また、工場と発注者をつなぐ振り屋もいます。 さて、ケアウィルは、プロのパタンナーやファッション業界で経験が豊富なアドバイザーに協力いただいてはいるものの、僕を含むコアメンバーは、服作りのずぶの素人です(笑) ただ僕自身は、マネジメントとしては異なる業界でそれなりにタフな状況を乗り越えてきてきました。また、専門職として、M&Aアドバイザリーやコンサルティングの多くのプロジェクトに参画してきました。 幸いにも、それら経験から学んだことがあります。それは「学習と行動を続けていればビジネスの多くのことはいつか必ず分かるようになる」ということです。 特に、業界における言語(これは特に歴史が長い業界には独自の言葉が多い)と思考、オペレーションについては必ず答えがあるので、知識をインプットしながら、臆することなく(その時は鈍感力も大事)、その業界の方々と真正面から対話をしていけば、つまり、インプットしながらアウトプットをしていけば、ある時に"パッと" 視界が開ける瞬間があるのです。 例えば、以下はここ1か月で溜まってきた業界用語集の一部です。これもその瞬間にむけた一歩一歩の記録です。 郷に入りては郷に従え、、よりも、まず「知れ」。取引先の方には「すんません、素人なもんで、、それってどういう意味ですか?」と何度も聞いてしまい、本当にごめんなさい。僕らは「アパレル業界」全国模試で偏差値30ぐらいなんです(笑) ただし、それは ”まだ” そうである、というだけ。学習と行動さえ続ければ多くのことは必ず分かるようになる、僕らはそう信じています。だからその時までは(まぁ、その後もですけど..) 淡々と頭、足と耳を使って、インプットとアウトプットの汗をかき続けることが大切です。 また心持ちとして、挑戦の過程において無知であることは何ら恥ずかしいことではありません。事実、グローバルなコミュニケーションでは、質問をすることは「相手に関心を持っている」「議論に積極的に参加している」と受け取られ、大変歓迎されます(もちろん会話の中で良質な質問へ発展させていくことは大切ですが)。一方、質問をしなければ、その人は「理解した」とみなされます。 だから「なんとなくわかったふりをしている」ことの方が危険です。なぜなら、分かった気になって物事が進めば、自分が判断や交渉戦略を誤るリスクも高まります。また、前提が噛み合っていないまま相手との議論や交渉を進んでいけば、最初は良くとも、時間が経つにつれて両者の認識の相違は広がり、どこかで決定的な破談が起こります。 あと、分かる、ようになることは、目的ではなく過程です。その先のアウトカムを得るために必ず必要な工程です。逆に、アウトカムというメインディッシュをお腹鳴るぐらい妄想し、それを味わうことを楽しみにしていれば、前菜を美味しく食べられます。 僕らは異業種にいたからこそこの業界に可能性を見出しています。だから、まだ分からないことだらけでも、"パッと" 視界が開けたその先に革新が必ず訪れると僕らは信じています。これは毎度、僕には根拠はなく本能的なものなのですが、じりじりした先にそういう出来事が必ず待っている、ただそういうものなのです。 だから、40歳になっても心躍る挑戦ができること、そのために新しい「分らない」に出会える、新入社員みたいなフラッシュな気分になれる、ってとても幸せなことです。そういえば、以前に「くるたのしさ」と言う言葉について触れましたが、今、僕はサラリーマンではないですが、この感覚と全く同じです。 では、また!

#035 切迫性か、なるほどそうかも

おはようございます。代表の笈沼です。 先日、ある方とお話ししていた時「どうしてケアウィルの事業に参画してくれたのか」というケアウィルのメンバーからの問いに「事業に切迫性を感じたから」と、その方は端的に答えてくださいました。 ただ、最初、僕はこの「事業」と「切迫性」という言葉が結びつかず。その後、その方の話をうかがいながら「なるほど」と半分腹落ちし、数日経ってから納得感が生まれ、最後にはこの「切迫性」という言葉が好きになりました。 さて急に話は変わりますが、今日は母の誕生日。 ケアウィルは、約1年半前、僕と母によって創業されました。 みんなの入院着。生きる意欲を高める、デザインと機能性を兼ねそなえた入院着・病衣・患者着。 みんなの入院着。あらたな入院 介護 パジャマ 病衣。介護の日々でも自分らしさを装い、人と会いたくなるような良質なデザインと xn--y5qu63gelv.com 今でも、オーダーメイドの事業では、母が服をデザインし、パターンメイキングし、縫製をします。一方で僕は、オーダーを受けた後に、お客様とやりとりし、仕様を7~8割がた固め、母のアイディアをもとにデザインを最終決定し、母と生地選びを行い、その後の服作りは母に任せ、出来上がった服をお客様へお届けします。そんな、仕事の進め方と親子の役割分担です。 誕生日は喜ばしい日なのですが、母の誕生日が来るたびに、急がないと、急がないと、と、僕の人生における「切迫性」は高まります。 なぜかと言えば、一昨年に父の告別式のご挨拶で一番最後に僕が述べたこと、その想いが2年以上経ってもずっと変わらないからです。 「母には、父のために今まで多くの時間を注いできた分、また、父が早く亡くなった分、長生きをしてもらって、もっともっと自由にこれからの人生を過ごして欲しいなと思っています。なので、父と同様に母に対してもご厚情賜りますよう、どうかよろしくお願いいたします。」 ただ、シンプルにこれだけ。 公私混同で本当にごめんなさい。母のオーダーメイドの継続も、高齢縫製者の雇用の実現も、それが事業になろうがなるまいが、誰から何と言われようが、僕はやり遂げないといけないのです。社会的大義とともに、今、母が元気なうちに少しでもカタチを残さないと、僕自身が後悔することになってしまう。そういう単純で至って公私混同な切迫性が僕にはあるのです。 あとは、僕が一人っ子だからということもあるかもしれません。僕には奥さんもいるし、家庭もあるし、義父さん・義母さんもいるから、実際はそんなことはないのですが、自分が一人残されてしまうのではないか、そんな不安のようなものも、その切迫性の下の方に幼少期から染みついた一人っ子ならではの潜在的な心理としてあるのかなと思います。 「不安」と言う点では、父を亡くした後に今でも「絡まったままの思い」があります。父の介護・看取りにおける後悔、父の日々を見ながら沸いた義憤、父の死後に心にぽっかりあいた穴、その真逆にある安堵感、こういった絡まった感情を自分の中で解きほぐしていくために、また、僕の人生における父の死の意味を見つけるために、走り続けていないと不安なんです。これは本能的なもの。 そう、振り返ると、過去の自分のキャリアも切迫性がある任務ばかりでした。偶然かもしれないけど、ボス達も、私を「切迫性」の中でパフォーマンスを出すというか、何かそういう人間だと見抜いていたのかもしれません。 2011年、突然、常務に呼ばれ、日興・SMBC・大和証券SMBCの投資銀行部門の統合プロジェクトになぜか放り込まれたり、その後、楽天に入社したと思ったら、2013年、楽天の買収先で2期連続赤字、監査法人から継続疑義が出たケンコーコムの立て直しに従事したり、JINSでは、創業来初めて増収増益が止まった2014年の翌年にお声がけいただき、コンタクトレンズ事業、フィリピン進出といった新規事業の立ち上げや経営管理基盤を再構築を行ったり、KDDIは、2017年12月の楽天ショック(楽天の通信業参入)の最中に採用され、入社後に2018年8月 菅ショック(菅官房長官による通信料4割値下げ)があり、非通信事業のEコマースの強化に取り組んだり。 とにかく「切迫性」がある環境と任務ばかりでした。お陰様で、年齢不相応の多くの経験をさせていただきました。 ただ、今回の僕の挑戦はそれとは大きく違います。今の僕にはボスがいません。誰かからの評価とか給与とか分かりやすいインセンティブも無いし、そんなもの、いらない。ただ、自分がやらないといけないと信じるからやっている。それを求めてくださる方々、応援して下さる方々がいるからやっている。後悔したくないからやっている。自分で意思決定をする、実行する、自分で自分を評価する。 決められた任期もありません。役員任期も雇用契約の期間の定めもない。20年後、30年後の未来を妄想して事業をしているので、ゴールはかなり遠い。そしてそのゴールさえ、ケアウィルが成長するにつれて変わっていくかもしれない。誰もやったことがないことだから、その先の答えがない。だから終わりがない。 ••と、やはり「切迫性」が言葉に出ていますね(笑) でも、日々は至って健康で、そして、不思議と単調です。サラリーマン時代より睡眠時間はしっかりとれていて、健康状態も良い。朝6時から仕事を始めて17時にはクローズ。一日を内省する、明日の行動計画を立てる、21時には寝る。日々、その繰り返し。 なんと表現すれば良いのか難しいのですが、サラリーマン時代の仕事に流されていく感覚、小さな期日が近づいできた時の焦燥感はなくなり、今は自由度があるがゆえに、自分を駆り立てる、誰かのためにやらないとという思い、「おまえはそれをやり切らないと後悔するぞ」と自分へ問うてくるような、そういう、今までの自分の人生に出会ったことがない「切迫性」があります。 それでは、また!

#022 言葉にならない感情を服に込める

こんばんは、代表の笈沼です。 昨晩寝る前に、NHK BS1スペシャル「ヨウジヤマモト~時空を超える黒~」を観ました。奥さんから強く薦められて。「今、私達が進めていることはすべてこの中で述べられているよ」と。そう言われたら、観ないわけにいきません。 BS1スペシャル 「ヨウジヤマモト~時空を超える黒~」 −NHKオンデマンド 80年代、黒一色の服で一大センセーションを巻き起こし、時代の先端を走り続けるファッションデザイナー、ヨウジヤマモト(山本耀 www.nhk-ondemand.jp さて、感想です。 まず、服づくりの方法論について。僕らが今、試行錯誤しながらも行き着いている観察、デザイン、試作品製作(それも何度も)、フィードバック、パターンメイキング、そして生地選び、やっとサンプル製作という工程や、装飾をなるべく廃して機能美を追求する姿勢、それらと似たシーンがそこには映し出されていました。だから、僕は心から共感し、また、大変おこがましくはありますが、僕らの物事の進め方は決して間違えていないと信じることができました。奥さんが言う通り。教えてくれてありがとう。 またそれとは別に、山本耀司さんの言葉で心に残ったものがありました。それは「自分の思い、怒り、悔しい、悲しいことそういうことを言葉にしないで服に込めるというのを、続けてやっているということですから」というもの。朝起きた後もその言葉はずっと僕の頭の中に残っていて、「それはなぜだろう」と思い、今、この文章を書いています。 ケアウィルの服は、決してYohji Yamamotoのアバンギャルドとかアンチモードではない。にもかかわらず、なぜだろう。それは、以前の投稿「僕らの服は、結果であり、作品である」にも書いたように、僕らが華やかさとは対局にある服を生み出すことに挑戦していて、それはちょっとアウトローだからかもしれない。また、その挑戦をする理由の一つに、僕には父を亡くしたあとに今でも残る言葉にできない絡まったままの思いがあり、その答えを服というものを通じて見つけようと人生を旅しているからかもしれない。 ケアウィルの服は、マイナスをゼロに近づけていく服。これが多くの服と決定的に違う。「後悔、あきらめ、痛み、もどかしさ」といった、できれば自分では目をむけたくない負の想い(少なくともその時は負だと思っている)と出会い、そこに寄り添うことからケアウィルの服作りは始まります。そして当事者との対話を通じ、想いの奥の方にあるご本人やご家族の意思を見出し、服を通じてそこに光を当てていきます。 この時、マイナスな状況から始まる当事者の心理を僕には言葉で表すことはできません。その心理は当事者の方々のみ分かるものだから。服を通じてその心を少しずつゼロに近づけていくことができれば僕らの本望です。勿論、ケアウィルのデザインと性格、それらが生まれたストーリーを言葉にして外へ伝える責任は僕らにありますが、僕らの服をお届けした方々の心情について作り手が振れるべきではないし、それを作り手が言葉にした時点で服の価値は無くなってしまうとさえ思います。 僕が今、そう思う理由に、別の投稿でもお伝えしました3日前にお届けしたオーダーメイド服の出来事があります。事実、ここでの依頼主の心情に寄り添うことはできても、それを言葉にすることはとても難しい。 ご依頼いただいた方のお母様(認知症を患われている)の服を私の母が作っている最中に、難病を長く患っていた旦那様、つまり、ご依頼主のお父様が不幸にも息を引き取られました。その翌日、ご依頼主から「告別式の前の数時間、コロナ渦に施設からもらった外出許可のタイミングに、お母さんにその服を着てもらいお父さんと写真を撮れたら」というお話があり、僕は迷わず、母から届いたばかりの服を持って依頼主へ直接お渡しに上がりました。無事、その撮影ができたとうかがい、ほっとしました。 では、作り手である母はどうであったか。僕はお父様が亡くなられたことを母には伝えていましたが、母は「皆様 お身体をご大切になさってください」と一言だけ書いた手紙を服に添えて僕へ送ってきました。 その服が届いた時、母と電話で話したのですが、母は「最初はきちんとお手紙を書こうと思ったのね。でも、人様のことをこちらがあれこれ触れるべきじゃないわね。早く服をお渡ししないと。」と言いました。母は服に思いを込めている。作り手の言葉にならない思いが服とせめてその手紙の一言に込められていれば良い。その先は、服が相手の心に、日々に、寄り添っていく。 言葉って難しいですね。でも、服には言葉では伝えられない感情を表現したり、呼び起こすことができる力があると僕らは信じています。だから僕は、ケアウィルの服はユーザーの言葉にならない感情に寄り添う、同時に、作り手の想いが込められた服でありたい、あらためてそう思いました。そう考えると、まだまだ道のりは長いな、もっと感じてもらえる服にしていかないといけない。 最後に、これはまったくの余談なのですが、僕がこの映像からシンパシーを感じた理由は他にもあります。 山本耀司さんと僕の父は1943年生まれで同い年、通った大学、学部もまったく同じなのです。また、耀司さんも僕も生まれが新宿区、そして、服装学校を卒業した縫製者の母のもとに生まれた一人っ子。さらに、Yoji Yamamoto というブランドが生まれた1981年は僕が生まれた年です。 ••そんなわけで、誠に勝手ながら何か親近感を感じた次第です(笑) それでは、また!