Staff notes

A little new idea that I noticed while snuggling up to the inconvenience of clothes. Then, the staff of carewill will spell out specific surveys and details of their efforts every day.

#staff-note

初めまして。carewill新広報担当のまるです。

みなさまはじめまして。 いっちーさんから引き継ぎ、新しくcarewillの広報担当になりました、市丸奈津美と申します。周りからは、「まるちゃん!」と呼ばれているので、それで覚えていただけると嬉しいです。 市丸の「まる」なのですが、見た目も丸いので、リアルに会う方には見た目からのあだ名だとよく間違われます。SNSに出すプロフィール写真はだいたい厳選した写真がでているので、実際はみなさまの想像よりまるいし、小さいです(身長150cm)。 今日は初めてのnoteなので、何を書こうか迷ったのですが、私の自己紹介をさせてください。 生まれ育ちは佐賀県唐津市 私は佐賀県の唐津市という、海に面した田舎町の出身です。小さい頃から、素潜りをしたり、カヤックをしたり、海遊びばかりをして育ちました。少し大きくなってからはサーフィンやダイビングにもはまり、完全に海っこです。やんちゃな家族や友人の中で育ちましたが、なぜかちゃんと大学に行こうとずっと思っており、物理的に一番近い大学、九州大学の医学部保健学科看護学専攻へと入学しました。 夢のキャンパスライフとは程遠い看護学生時代 高校生までは「大学生になる」ことを目標とし、必死で勉強し、厳しい受験を乗り越えて、大学生の切符を手に入れました。 私が想像していたのは、オレンジデイズのような、きゃぴきゃぴわいわいなキャンパスライフだったのですが、看護学科はそんな生活とは程遠い4年間でした、、 他学部は2年かけて履修する教養科目を、看護学科だけでは1年で履修せねばならず、授業つめつめの1年生。 他学部とは異なる、大学病院附属の薄汚い校舎に移動し、週24コマ、座学を詰め込まれた2年生。 大学病院や、地域の病院、保健所etc...あらゆるところに実習に出され、寝る間も惜しんでレポートを書いた3年生。 卒業研究と国家試験(看護師と保健師のダブル受験)の勉強に追われた4年生。 なんだかよくわからんままに4年間があっという間に終わりました。あああ、私の夢のキャンパスライフは何処へ、、 看護師にならなかった社会人生活 こんなに苦労をして取得した、看護師と保健師の免許。しかし、私は看護師にはなりませんでした。それにはたくさんの理由があります。苦しい葛藤と、親の反対、大学の先生とのバトル、たくさんのドラマがありましたが、その中の一つの理由に、「自分の人間としての未熟さを感じ、看護師にはなれないと思った」が挙げられます。 患者さんへの「受容と共感」が求められる看護の世界。私は実習でたくさんの患者さんと関わる中で、薄っぺらい受容と共感しかできませんでした。 看護師は、患者さんの体やメンタルの状態、患っている病気への想い、これからの治療の方針や、病気と一緒に生きていく中で何を大切にしたいか、などなどたくさんの情報を収集して、それに応じたコミュニケーションをとっていかなければなりません。 患者さんからそんな話を聞いている中で、二十歳そこそこだった私は、「へぇ〜そうなんですね。辛いですね。」というぺらっぺらな言葉しかかけられなかったのです。会話をしながら、患者さんに申し訳なくて、そんな自分は看護師にはなれないなと思いました。そしてそれは何故かと考えた時、自分には人生経験が足りないことに気づきました。 例えば、仕事中心で生きてきたのに、急に病気で仕事ができなくなった。という患者さん。その大切にしてきたことを尊重して、話をしたり、治療方針を考えないといけないけど、一度も社会に出たことがない私には想像もつきませんでした。 その時、「あ、私はまだまだ未熟だから看護師になれない。なるのであれば、もっと人生経験を積んで、あらゆる患者さんに心から寄り添えるようになったら看護師になろう」と決めました。 一般就職して3社を経験 大学4年生のときに、看護師にならないと決め、一般就職するために就活をはじめました。しかし、実習に追われていた私が就活を意識したときには、すでにみんな就活を終えている時期で そんな私を拾ってくれたのが「ケンコーコム」という医薬品を扱うECの会社でした。詳細は省略しますが、ここで死ぬほど鍛えられ、当時私を育ててくれた上司が代表の笈沼でした。 その後、リクルートキャリアへ転職し、社会人の青春を謳歌。3年勤めたあと、WeWorkへ転職し、アメリカ発のシェアオフィス、福岡拠点立ち上げを経験。2年半勤め、フリーランスとして独立し、現在にいたります。 誰かに寄り添える人になるために 現在はフリーランスとして、carewillを始め、複数社でデザイナーや広報、プロジェクトマネージャーなどの役割を担っています。 今は「何をやっているの?」と聞かれると、「なんでも屋!」としか言いようがないので、自身のブランディングはこれから頑張っていこうと思っています。 この先の人生、看護師になるかどうかはまだわかりませんが、たくさんの経験をして、あらゆる人に共感できる力を身につけ、困っている人や悩んでる人に寄り添える人になることが私の目標です。 これからどんどん私からcarewillのことを発信できればと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
初めまして。carewill新広報担当のまるです。

「めざせ人生のソフトランディング」介護四姉妹に親の介護のホンネをきいてみた

carewillでは、carewillの活動に共鳴いただいている方等と「パートナーセッション」として対話する機会を持っています。今回は、2021年5月に行ったパートナーセッションの記事です。ご両親の介護についてブログやSNSで発信されている、介護四姉妹をゲストに迎え、お話を伺いました。参加くださったのは、長女ゆるねえさん(介護福祉士)、次女ちゅうちゃん(ケアマネージャー)、三女もよさん(資産管理担当)の3名です。 今回は連載の前編として「介護四姉妹にとって介護って何?」といった話をとりあげます。後にケアウィルのオーダーメイドも体験された四姉妹の、介護当事者としてのリアルな気持ちをぜひ最後までお読みください。 四姉妹と介護のブログ 四姉妹と介護のブログへようこそ! はじめまして(^-^)私たちは、進行性核上性麻痺しんこうせいかくじょうせいまひの父と、認知症の母を持つ四人姉妹です。 yonshimai.com ◆認知症の母と進行性核上性麻痺の父を「在宅」で介護して18年 ――まず自己紹介をお願いします。 もよ:はじめまして!私達は、神奈川県の実家で親の介護を18年続けている四姉妹です。今、認知症の母は要介護5で施設にいて、進行性核上性麻痺という神経性の難病を患う父は要介護5。長女ゆるねえが今は父と同居してくれていて、次女、三女、四女は通える距離に住んでいます。訪問の各種専門職(ヘルパーさん、訪問看護、訪問診療、訪問リハビリ、訪問歯科さん等)に代わる代わる来ていただきながら、姉妹が交代で在宅介護しています。ツイッターをきっかけにケアウィルの活動を知り、大変感銘を受けました。 ――18年とは長いですね。 ゆるねえ:はい。母の認知症が18年前に発症して。母の介護は父と当時同居していた四女けろたんが中心となって行っていました。他の姉妹も時々実家に行っては起きる事件(!?)に一緒に対応していました。がんこな父は、母の病気を認めたがらず、病院に連れていくのも一苦労でした。父は5年ほど前に進行性核上性麻痺と診断され、歩行や会話がままならなくなっていきました。私達姉妹も各々家庭や仕事がありますから、このままでは両親の二人暮らしが立ち行かなくなるため、母には施設に入ってもらいました。 でも、当時の父は母に強く叱ることが多く、母にとっては、今の施設での生活の方が、心理的安全性が保ててよいのではと思っています。コロナでなかなか叶いませんが、母には時々帰宅してもらって父との対面を果たしています。 ――ご両親は会話はできるんですか? ちゅうちゃん:いいえ。母も父も、今は言葉らしい言葉はなく、私達の顔を見ても特に反応はありません。寂しいですが、心のどこかでは感じてくれていると信じるしかないです。 ◆「在宅介護」を選んだ理由 ――なぜ「在宅介護」を選んだのでしょうか。 ちゅうちゃん:父はエンディングノートも遺言も残していないんです。唯一の方針めいた言葉は「自然に」。 ――「自然に」!短い言葉ですね。 ちゅうちゃん:はい。昭和一桁の父は寡黙かつ頑固な人で(笑) 病気が進行する中、「一体どういう終末期を送りたいのか」は姉妹でパズルを繋ぎ合わせるように、想像するしかありませんでした。父は病院嫌いで、リタイア後は家族のことを気にかけるのが仕事のような人でした。姉妹が皆で想像した結果、父にとっての「自然」は、自分の眼が行き届くところで、家族の生活音や声を聞きながら過ごすことではと考えました。 ゆるねえ:また、父の病気の特性を考え、誤嚥性肺炎で入院したとしても治療が済んだらすぐ退院してもらいました。神経性の難病なので丁寧な口腔ケアや、食事の姿勢の調整等、急性期の病院では時間をかけて行うことが難しいケアが必要です。 父の場合、入院が長引いたり、施設に入所するということは、父ひとりに長時間のケアを割くことが難しいため、時間軸を一気に縮めることになる。「自然に」が叶うように、四姉妹で父の言葉の記憶と想像力で考えてやってきました。 ◆めざすのは「人生のソフトランディング」 ――タイトルにある「人生のソフトランディング」について説明いただけますか。 もよ:父は会社員時代は航空関係の仕事をしていたんです。 飛行機と気象が専門だった父のことを想像し、私達が目指す「自然に」という形は「人生の軟着陸(ソフトランディング)」だ!と思考が行きついて。人生の幕を下ろそうという終末期。飛行機の「墜落」にならないように、飛行機がゆっくり降下しながらも、窓の外の景色を楽しみながら過ごせること。それが「人生のソフトランディング」だと思いました。そんなイメージを姉妹で共有したら、スーッと1つの方向を向けるように。 ――心から「いい旅だった」と思えるような時間を過ごすことですね。 ゆるねえ:はい。どんな終末期を過ごしたいかは人によるんだと思います。 親が元気なうちから雑談の中で、終末期についての考え方を聞き出しておくのがよい気がします。社会情勢や医療、介護的ケア法は変化していくので、どう考えるかがポイントかと。もちろん、親が元気な時に「延命治療はいらない」と言ったとしても、それぞれの状況の中でどこまでどうするかはとても微妙な判断の連続です。最期が近づくにつれて、本人のことを知る人たちが想像しながら決めていく、そんな関係性を元気なうちから作っておくのが大事ではと思います。 ――人生会議にも繋がる考え方ですね。ケアウィルが抱く思いとも繋がっています。 ◆家族・訪問介護等が一体となったチーム介護の秘訣とは ――四姉妹は昔から仲が良かったんですか?チームとして協力し合う秘訣は何でしょう。 ゆるねえ:昔はよくケンカしてましたよ!(笑)私は就職と同時に実家を出ましたし、結婚して遠方に引っ越したので、無責任な姉でした。連絡が密になったのはそれぞれの子供達が夏休みに集まってディズニーランドに行く等、家族ぐるみの活動が増えたころから。 もよ:「無責任」なんて実際はそんなことは全くない。近くにいる家族が現状をこまめに共有して、遠方にいる姉も遠方からの支援をできる時にしてくれました。 ちゅうちゃん:ゆるねえは3か月に1回位実家に来てくれて、近くに住む私達が日ごろ行き届かない事(例えば母の服の買い出しとか)をわーーっと整えてくれたり。 もよ:父の診断が下りた日の話し合いで、ちゅうちゃんが「介護はみんなで」と言ってくれたのも大きかったよね。 ゆるねえ:四女の管理栄養士のけろたんも、父の嚥下障害の進行に合わせて、食事の固さや喉落ちを調整したり、父が好きなフルーツをいかに食べてもらえるか、食べる喜びを感じられるか、食の面から支えてくれました。さりげなく栄養も足してくれました。 お互いが得意でやれることを自発的にやっていました。「私はここまでやっているのに」なんていう人はいなかったし、「ありがとう」が全員のベースありました。 チームワークは長年の積み重ねで培ってこられたのかな、偶然の産物と思います。 ――地域の訪問介護やショートステイを利用したのも大きかったとか。 ゆるねえ:はい。介護サービスの利用は、ちゅうちゃんが先を見据えて担当のケアマネジャーさんにオーダーしてくれました。姉妹だけでは到底できない介護体制を整えてくれたのは本当に大きかったです。 もよ:ゆるねえが同居してくれてからは、ゆるねえが病気の進行を把握して、介護福祉士さんへのケアの変更を細かく連携してくれました。介護福祉士さんたちも、いつの間にか強力なチームとして一体となってケアしてくださいました。 ◆四姉妹の悩みと思い ――四姉妹さんの介護を見てるととても立派な気がします。 ゆるねえ:実は在宅介護をしていると言うと、「すごい」とか「とてもそこまでできない」といった声をいただくことが多いんです。実際は、たまたま四人で得意分野の分担が出来ていたり、介護の後半は父が自分で動けなくなり身をゆだねてくれたことだったり。偶然が積み重なって、父の底力もあって、何とかやれている感じです。 ――ブログやツイッターでも情報発信されていますね。 もよ:介護は、情報があるかどうかで、判断や気持ちの面で大きく違います。 あくまでも私達の場合のやり方ですが、乗り越えながらやってきた失敗談や経験談がどこかの介護家族のお役に立てばと思って書いています。 ちゅうちゃん:介護はケースバイケース。決して私達のやり方が全てではないけど、情報がない中で選択肢を知らないまま後悔をする人が多いのも事実なんです。 ◆キーワードは「割り切り」「できる範囲」「各自の生活を犠牲にしない」 ――在宅介護は24時間ずっと対応しなければならず大変なのでは。 ゆるねえ:父は病気の特性上転倒が多かったです。自分の力で動ける時は勝手に歩いて転倒して、何度も頭を打ったり。四女けろたんが帰宅した時に床に転がって立ち上がれなくなっていたことも。救急車で運ばれたこともありました。 家の中の事故で亡くなってしまう可能性もあったんですが、それなら運命だからどうしようもないという「割り切り」をしていました。 ――割り切りする、しない、の境目はどこにあったんですか? もよ:父の部屋に「見守りwebカメラ」を取り付けて、皆で時々スマホで画像をチェックして、父が倒れていたらその時近くにいる姉妹が見に行く。住宅改修で段差をなくしたり、家具の角にクッション材を取り付けたりもしました。 ちゅうちゃん:私達の場合、「できる範囲」で「各自の生活を犠牲にしない」という共通認識を持っていました。介護を理由に離職することは父が喜ばないと分かっていたので、できるだけ各々が普通の生活をして、24時間そばにいなくても何とかなるよう仕組みで工夫しました。 ゆるねえ:父の性格や歴史、戦中戦後を経験した考え方がわかっていました。頑固で依存心がなく「かまうな!」と怒る人だったから割り切れた部分があります。 ――carewillの笈沼さんも親の介護に思いや後悔を抱えています。 もよ:笈沼さんがお父様の介護で感じた原体験はとても共感するものがあります。ただただうなづくしかないほど。 ゆるねえ:もしかしたらうちの父はもっと早く亡くなりたかったと思っているかも。 ――そんなことは絶対ない! ゆるねえ:そうだといいですが。昭和一桁生まれの長男で、家族や親族を守る立場の人だから、おむつなんかつけてる姿を見せたくなかったと思っているかも…なんて思うこともあります。でも痛い、苦しいをできるだけ排除し、おむつでもケアで快適にすることで孫の成長がみれたでしょ!って言い返しちゃいます。 ◆失敗や経験がどこかの介護家族のお役に立てば ゆるねえ:後悔しないように、でもその思いが行き過ぎていないか、自己満足になっていないかという視点も忘れずないでいきたいです。 いつ何があるか分かりませんが、父の眼を見ながら、父が苦しくないように、苦しくないように、と考えてやっていこうと思っています。 もよ:あくまでも私達の場合としてですが、ブログの経験談も読んでいただけたら嬉しいです。私達の試行錯誤が誰かのお役に少しでも立てば、両親もきっと喜んでくれる気がします。 ---------------------------- 皆さんのお話を伺っていると、「チーム介護」という言葉が脳裏に浮かんできます。介護される側であるお父様も、介護する側の姉妹も「自然に」。後編では、そんな皆様からみたケア衣料ブランドcarewillについて、お話を伺いました。そちらもどうぞお読みください。
「めざせ人生のソフトランディング」介護四姉妹に親の介護のホンネをきいてみた

carewillに新しい仲間が加入しました!

みなさんこんにちは。carewill広報担当(いっちー)です。 carewillの法人パートナーが増えた件は先月のプレスリリースでお伝えしました。それ以外にも、実は参画してくださっているメンバーが少しずつ増えてきています。とても嬉しいです。まだお知らせできない情報もありますし、今日の記事で全ての新規参画メンバーはご紹介できませんが、せっかくなのでコミュニケーション担当の新メンバーをご紹介したいと思います。 実は看護師資格も持っているまるちゃんこと、市丸奈津美さんです。あれ、Twitterのリンクを貼ったら猫ちゃんが登場しましたね。代表の笈沼さんは犬のハナコさんをよく投稿しますが、まるちゃんは猫好きなのでしょうか。別のメンバー、ぜひ、カメやハムスター投稿を。 イチマル ナツミ|note フリーランスでデザイナーやプロマネなどしています💐 働かないでいい状態になるように、今頑張って働いています。将来は気前のnote.com きっと近いうちに本人から自己紹介のエントリーを投稿するかとは思いますが、フライングでのご紹介でした。(広報担当を名乗っていたのが「いちかど」で、新メンバー加入したのが「いちまる」さん。かどからまるに、バトンタッチした、とぜひ覚えてください。かどのほうは忘れてもらっていいので、まるちゃんをよろしくお願いいたします) carewillでは、ユーザーと共に、介護・リハビリ・医療の従事者、デザイナー、服の作り手(パタンナー、個人縫製者、工場)といった各領域のプロフェッショナルが「服の不自由」という共通の課題を解決するために協働し、ものづくりを行っています。現在、8つの参画パートナーを募集しています。 1.エバンジェリストユーザー 2.パタンナー 3.高齢縫製者 4.ホームクラフトマン 5.学生インターン 6.量産工場 7.研究・販売パートナー 8.教育パートナー carewillのミッションに共感し、ぜひ関わってみたいと思ってくださった方はぜひ、下記からご連絡ください。よろしくお願いします。 応募・コンタクトフォーム https://forms.gle/AXquPKJ3ZfwbqyZdA
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「人格」を持った洋服で「文化」を作る。carewillコーポレートアドバイザー藤本幸三氏インタビュー

今回も前回に引き続き、carewillにコーポレートアドバイザー、アーティスティック・ダイレクターとして携わっていただいている、藤本幸三さんがcarewillに携わって感じたことや、carewillが目指すべき未来について、お話を伺いました。 ※前回記事をまだお読みいただいていない方は、こちらからぜひお読みください。 藤本 幸三氏 carewill コーポレート・アドバイザー/アーティスティック・ダイレクター 2001年〜2013年エルメスジャポン株式会社コミュニケーション・CRM担当執行役員 アーティスティック・ダイレクター 2013年〜2016年株式会社アニエス・ベージャパン代表取締役社長 2016〜ジンズ・ホールディングス顧問 carewilの本質は「想い」にある ーーcarewillとケア衣料と携わり始めたときは、どのような想いで取り組んでいましたか。 藤本さん:最初はただただ、才能豊かなクリエイターと一緒に何かをつくっていくという想いでした。ビジネスとしても成立・発展させなきゃいけないという課題に取り組まなければなりません。 ーー藤本さんがcarewillに携わるようになり、2年ほどが過ぎていますが、2年も経つと変わりますよね。この2年を経て、carewillの本質は何だと考えていらっしゃいますか。 藤本さん:やはりなんと言っても代表の笈沼さんですね。そもそも笈沼さんがこの事業を始めるにあたっての、動機や流れがあって、エモーショナルな部分から始まっているんですけれど。それでいて、適宜いろんな方と接点を持っていくところが「さすがだな」と思いますね。自分たちの内々でできることと、客観性を持たないと知り得ないというところを、広がり感を持って着々とこなしているな、と思います。 ーーやはり、そこなんですね。 藤本さん:想いが市場の中できちっと認識されていくにはどうすればいいか。笈沼さんは、それを常に意識して頭の中に描いていると思います。そこをさらに表現として定着させ、「使命」として形にしていくような流れを作ることが求められます。 「おしゃれをすると、明るくなる」 ーー服のミーティングに参加をされていたり、ケア衣料を必要としている方々にヒアリングした結果を見聞きする中で、発見したことはありますか。 藤本さん:ケア衣料を必要としている方々って、日用着だったり、病院着だったり、外出着だったり、オケージョンと場所によって変わると思うんです。外に出て、思ったようにお洒落ができることが大切。最初につくったドレープのかかったプロトタイプのものとか、結構エレガントにできていると思っていて。 ーーそうですね。エレガントな仕上がりでした。 藤本さん:ファンクション中心に考慮されているけれど、原点として美しさを大切にしていく。そのような姿勢が、ケア衣料を着た方々が胸を張って外に出られるということにつながっていければいいなと思います。 ーーファンクションと美しさを両立させることが大事ですね。 藤本さん:おしゃれをすると明るくなるじゃないですか。ケア衣料をファンクションだけでおさめていくと、ちょっともったいないと思うんです。そういうカテゴリがきちっとあってもいいのかな、と。 ーー今回のプロトタイプは、carewillの重要なアイコンになるかもしれませんね。 藤本さん:一番最初のプロトタイプは、「原点」として、アイコンの一つになるかもしれませんね。「単にファンクションだけではないんだね」という印象は与えたいですし、そこに至ったストーリーも必要だと思います。アーカイブに出発の証として収めたいですねえ。 ーー今後はそういった発信が重要になりますね。 藤本さん:発信は、今後のプランニングで重要です。ただ、モノの本質よりも「ブランドを作る」という、そういうゴールを設けた上で事業展開しようとするのは避けるべきだと思います。本質を誠実にしっかり伝えていったほうがいいでしょうね。 本質を伝えられる、人格を持ったデザイン ーーcarewillのこれまでの動きを見て、気づいた点はありますか? 藤本さん:これまで僕がやってきたことと、とても近いと思います。洋服が人格を持っているように感じて。単なる「道具」ではないなと思います。 ーー「洋服に人格」ですか。 藤本さん:「carewillはこういう思想でやっているんだね」と本質が伝わるような洋服。「ブランディング」というよりも「自分たちの本質」であるってことが重要だと思います。 ーーcarewillの「本質」をしっかり伝えられるデザインが重要なんですね。 藤本さん:あとは「継続性」が重要ですね。もっというと、事業体そのものがデザインコンシャスであるかどうかということも問われるかもしれません。関わる人々が常にデザインを意識しているかどうか。 ーーcarewilの場合、デザインミーティングでは作り手とデザイナーと、ときには実際に着用する当事者の方が混ざり合って対話をしています。 藤本さん:そういう着想で始まっているところは他にないんじゃないですか。よく知っているわけではないですが、バランスがすごくいいと思います。 ーー良いと思うデザインと、求めるデザインの違いをすり合わせが重要ですよね。 藤本さん:そこは長嶋りかこさんが入ってくれていることで、ブランドの立ち位置がより明確になっていると思います。長嶋さんとは今回、すごくいいご縁ができました。それまで、一緒に仕事をしたことがなかったのですが、ぼくが一緒に何かやりたいとずっと思っていた方なので、お声掛けしたら快く引き受けてくれて、とても嬉しかったです。 ーーどうして長嶋さんと一緒に仕事がしたかったのでしょうか。 藤本さん:長嶋さんの作品は以前から注目していて、長い間「いいデザイナーだ」と思っていました。ただ、なかなか交差することはなかったんです。「他のグラフィックデザイナーとは違う魅力がある」と思って、ずっと"追跡調査"をしていましたよ(笑)。 ーー長嶋さんは、ひとつ情報をお伝えすると、100くらいの緻密な情報がたっぷり返ってくるようなイメージがあります。 藤本さん:長嶋さんは、本当に特別なレベルの方だと思いますね。 carewillはモノではなく、文化をつくる ーーcarewilは日本はもちろん、世界に羽ばたいていきたいという思いがあります。carewilは、社会に対してどのような役割を果たしていくべきでしょうか。 藤本さん:carewillの事業は、タイムリーだと思います。今は、過去にあった当たり前の価値観とは全然違う概念になってきています。「マイノリティには目を向けない」という人も減ったと思いますし、新たな文化として捉えてもらえるのではないでしょうか。そして、そんな文化をつくる役割があるのではないかと思います。 ーー「新たな文化」ですか。 藤本さん:僕がエルメスにいたころに思ったのは、エルメスは「ものをつくってるんじゃなくて文化を形成している」ということです。僕もいろいろ好きなことをやらせてもらいましたけど、芸術を介して、新たな次の価値感を得るというロジックを説明した時、OKが出た流れがありました。 ーー単にものをつくっているのではなく、「文化」というところまで広げられると、奥行きがあって、いいですね。 藤本さん:プラスアルファをやらないと、僕はあまり魅力を感じないんです。せっかくこういう事業を立ち上げたのだから、もっと広がりのある価値観を表明できたらいいですよね。 ーー「広がりのある価値観」とは、どういったものですか? 藤本さん:例えばエルメスはもともとは馬具のハーネスメーカーですが、今では創業時のマインドはそのままに、顧客の要望に応えて、かなり広がりのある製品をつくっています。ケア衣料のノウハウを通じて、どんなことができるのかというところまで、しっかり見つめられるかどうかが大切だと思います。 ーーなるほど。carewilを通じて、社会に顕在化していない価値観を発見したり問題提起していくということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。 --------------------------------------------------------------------- 藤本幸三さんのお話をうかがい、carewillのケア衣料で「文化をつくる」という意識を強く持つようになりました。洋服をつくって終わりではなく、洋服から何を生むのか。そこをもっと追求していきたいと思います。 carewill参画メンバーのインタビュー企画は続きます。次回もお楽しみに。
「人格」を持った洋服で「文化」を作る。carewillコーポレートアドバイザー藤本幸三氏インタビュー